古墳の見方入門|墳丘の形と埴輪・葺石・石室で読み解く、現地での歩き方
古墳を訪ねてみたい人に向けて、前方後円墳・円墳・方墳などの墳丘の形、段築や葺石、埴輪の種類と並べ方、竪穴式と横穴式の石室の違い、時代による移り変わり、現地での見どころと歩き方、立ち入りやマナーの注意点までをまとめました。

住宅地の中にこんもりとした小山があり、近づいてみると「〇〇古墳」と書かれた案内板が立っていた、という経験のある人もいるかもしれません。古墳は全国にたくさん残っていて、実は身近な史跡です。ただ、一見するとただの丘や林に見えるため、どこを見ればよいのかわからないまま通り過ぎてしまいがちです。
古墳は、3世紀の中ごろから7世紀ごろにかけて造られた、土を盛り上げた墓です。形や大きさ、表面の石や埴輪、内部の石室を見ると、いつごろ、どんな人のために造られたのかを考える手がかりが得られます。ここでは、墳丘の形の種類、各部の名前、埴輪や葺石の役割、石室の違い、時代による移り変わり、現地での歩き方とマナーまでを順に紹介します。
古墳とはどんなものか
古墳は、土を盛り上げて造った丘(墳丘)を持つ墓のことです。日本では、3世紀の中ごろから7世紀ごろまでのおよそ四百年間が古墳時代と呼ばれ、この間に各地で大小さまざまな古墳が造られました。
弥生時代の墓との違い
古墳時代の前の弥生時代にも、土を盛った墓(墳丘墓)はありました。古墳時代に入ると、墳丘が格段に大きくなり、前方後円墳という決まった形が広い地域で共通して造られるようになります。決まった形と大きさの墓を各地で造ることは、地域の有力者どうしのつながりや、中央の勢力との関係を表していたと考えられています。
古墳から何がわかるのか
古墳には、文字で書かれた記録が残っていないことがほとんどです。そのため、墳丘の形と大きさ、表面の飾り、埋葬施設の構造、副葬品などから、造られた時期や埋葬された人の立場を推定します。
古墳の多くは、誰が葬られているのかがはっきりわかっていません。天皇や皇族の墓とされている陵墓についても、伝えられている被葬者と実際の時期が合わないと考えられているものがあります。そのため、学術的な場では、地名を付けて「大山古墳(仁徳天皇陵古墳)」のように呼ぶことがあります。

墳丘の形の種類
古墳の形にはいくつかの種類があります。形によって造られた時期や地域に傾向があり、古墳を見分ける最初の手がかりになります。
前方後円墳
前方後円墳は、丸い後円部と四角い前方部がつながった、鍵穴のような形の古墳です。日本の古墳を代表する形で、大きなものは全長数百メートルにもなります。大阪府の百舌鳥・古市古墳群には、とくに大きな前方後円墳が集まっており、世界遺産にも登録されています。
前方部と後円部という呼び名は、江戸時代の学者が付けたものに由来し、実際にどちらが正面だったかを示すものではありません。主な埋葬施設は後円部の頂上近くに設けられることが多いとされています。
円墳と方墳
円墳は、上から見て円形の古墳です。数のうえではもっとも多く、直径十メートルほどの小さなものから、大型のものまであります。方墳は、上から見て四角形の古墳です。円墳より数は少ないものの、各地に見られます。
そのほかの形
前方後方墳は、前方部と後方部がどちらも四角い形の古墳です。古墳時代の前半に、とくに東日本で多く造られたとされています。帆立貝形古墳は、円墳に小さな前方部が付いた形で、帆立貝の貝殻に似ていることからこう呼ばれます。
古墳時代の終わりごろには、八角形の八角墳や、下が四角で上が円形の上円下方墳なども造られました。八角墳は、この時期の天皇の墓に採用されたと考えられている形です。
| 形 | 上から見た形 | 特徴 |
|---|---|---|
| 前方後円墳 | 円と四角がつながった鍵穴形 | 大型のものが多く、古墳時代を代表する |
| 円墳 | 円形 | 数がもっとも多い。小型のものが多い |
| 方墳 | 四角形 | 各地に見られ、時期は幅広い |
| 前方後方墳 | 四角と四角がつながった形 | 古墳時代の前半、東日本に多い |
| 帆立貝形古墳 | 円に小さな突き出しが付く | 円墳と前方後円墳の中間のような形 |
| 八角墳 | 八角形 | 古墳時代の終わりごろに造られた |










