花押と印章の歴史|武将のサインから実印・認印まで、日本の「しるし」の移り変わり
花押の成り立ちと形の種類
草書の署名から図案へ
花押のもとになったのは、名前を草書体で崩して書いた署名です。これを「草名(そうみょう)」と呼びます。崩し方が進むと、もとの文字が読み取れないほど形が変わり、その人ならではの図案になっていきました。
花押は、一度決めたら一生同じというわけではありません。立場が変わったり、出家したり、心境が変わったりしたときに、形を改めることもありました。同じ人物の花押でも、時期によって形が違うことがあり、研究では文書の年代を推定する手がかりにもなります。
主な形の分類
花押は形によっていくつかに分類されます。分類の名前は研究者や解説によって少しずつ違うことがありますが、よく紹介されるのは次のようなものです。
- 草名体:名前を草書で崩した形がそのまま残っているもの
- 二合体:名前の二文字から一部ずつを取り出して組み合わせたもの
- 一字体:一つの文字を元に図案化したもの
- 別用体:名前とは関係のない文字や形を元にしたもの
- 明朝体:上下に平行な横線を引き、その間に形を収めたもの
明朝体は、中国の明の時代に流行した形が伝わったものといわれ、戦国時代から江戸時代にかけて武家の間で多く使われました。上下の横線が枠のような役割を果たしているため、展示で見かけたときにも見分けやすい形です。

花押の書き方
花押は、筆で一筆ずつ書かれました。書く順番や筆の動きもその人の癖になり、真似をしにくくする工夫にもなっていました。ただ、文書を大量に出す立場の人にとって、毎回きれいに書くのは手間がかかります。そのため、花押の形を彫った印を押す「花押型」も使われるようになりました。手書きのしるしが、再び印章の形に戻っていったわけです。
古文書で花押を見る楽しみ
博物館の古文書の展示では、花押が書かれた位置にも注目してみてください。名前の下や横、日付の近くなど、書く場所には文書の種類によって決まりごとがありました。また、同じ人物の文書がいくつか並んでいれば、花押の形を見比べると、筆の勢いや時期による変化が分かることがあります。
家紋の見方入門で紹介した家紋が「家」を示すしるしだとすれば、花押は「個人」を示すしるしです。同じ展示の中で、家紋と花押の両方を探してみるのも楽しみ方の一つです。
花押から書いた人を調べる手がかり
古文書の写真や家に伝わる文書に花押があり、誰のものか知りたい場合は、いくつかの手がかりを組み合わせて調べます。花押だけで人物を決めるのは難しく、専門の研究者でも慎重に判断する部分です。
- 文書の日付や差出人の名前、宛先を読み取れる範囲で書き出します。
- 花押の形を、上下の横線の有無や、全体の輪郭などの特徴で言葉にしておきます。
- 地域の歴史をまとめた本(自治体史など)や、花押を集めた資料集で、同じ時代・地域の人物の花押と見比べます。
- 分からない部分は、地域の博物館や資料館、図書館のレファレンスの窓口に相談します。
大学や研究機関の中には、花押の画像を集めたデータベースを公開しているところもあります。図書館の相談窓口で、どんな資料があるかを尋ねてみるとよいでしょう。古い文書そのものは傷みやすいため、調べるときは原本を何度も広げず、写真を撮って作業するのが安心です。
花押は、本人以外が真似をして書いた「写し」や、後の時代に作られた写本に描き写されたものもあります。そのため、花押が似ているからといって、すぐに本人が書いた文書だと決めることはできません。紙や墨、文書の書き方など、ほかの手がかりとも合わせて考える必要があります。
武将の朱印・黒印と印判状
戦国時代に増えた印判状
戦国時代になると、大名たちは領国の支配や家臣への命令のために、多くの文書を出すようになりました。その中で、花押の代わりに印を押した文書が増えていきます。これを「印判状(いんばんじょう)」と呼びます。
印判状が広まった理由の一つは、手間の問題です。花押を一枚ずつ書くより、印を押すほうが早く、多くの文書を出せます。また、大名本人ではなく家臣が手続きを進める場合にも、印を管理していれば文書を作れました。
朱印と黒印
印判状には、朱色で押した「朱印状」と、墨で押した「黒印状」があります。一般に、朱印のほうが格式が高いとされ、重要な文書や、相手への敬意を示す場面で使われたといわれます。ただし、使い分けの決まりは大名や時代によって異なるため、個々の文書については展示の解説や研究の説明を確かめるのが確実です。
戦国武将の印は、印の形や刻まれた文字にも個性があります。たとえば、織田信長が使った「天下布武」の印はよく知られています。印の文字には、その大名が掲げた考え方や、願いが込められていることもあります。
印の形と文字を見るポイント
武将の印を展示で見るときは、まず輪郭の形に注目します。四角、丸、楕円、ひょうたんのような形などがあり、同じ大名でも用途によって形の違う印を使い分けていたことがあります。
次に、刻まれた文字を見ます。印の文字は、篆書(てんしょ)と呼ばれる古い書体で彫られていることが多く、今の文字とは形が大きく違います。読めなくても、展示の解説には読み方が書かれていることがほとんどです。名前そのものではなく、言葉や願いを刻んだ印もあり、文字の意味を知ると、その大名がどんな姿勢で領国を治めようとしたのかを想像する手がかりになります。
印の中には、動物の姿を彫ったものもあります。北条氏が使った虎の姿のある印は、その一例として紹介されることがあります。文字だけでなく、図柄にも注目してみてください。
文書の中で印が押された位置も見どころです。日付の上に押されていることが多く、文書の書き方の決まりと合わせて見ると、当時の手続きの様子が伝わってきます。
江戸時代の朱印状
江戸時代になると、幕府が出す朱印状は、海外との貿易を許可する文書や、寺社の領地を認める文書などとして使われました。海外と行き来した「朱印船」という言葉も、この朱印状に由来します。
| 文書の種類 | しるし | 見るときの手がかり |
|---|---|---|
| 花押を書いた文書 | 手書きの花押 | 名前のそばの筆の記号 |
| 朱印状 | 朱色の印 | 赤い印影と、その文字 |
| 黒印状 | 墨の印 | 黒い印影。朱印より略式とされることが多い |










