聖ルチア祭の由来|12月13日の光の祭り、北欧の行列とサフランパン
農村の「ルッシの夜」、恐れられた長い夜
今の聖ルチア祭は清らかで明るい印象ですが、北欧の農村で語られた13日の夜は、もっと不穏なものでした。
スウェーデンの北方民族博物館(ノルディスカ・ムセート)の解説によると、農民の社会ではルチアの夜は危険や超自然の存在と結びつけられていました。ルチアという名が音の近さから悪魔ルシファーと結びつけて語られることもあったとされます。ノルウェーやスウェーデンの一部には、「ルッシ」と呼ばれる恐ろしい女の言い伝えがあり、この夜までに仕事を終えていない家を罰しに来るとされました。
地域によっては、次のような話も伝わります。
- この夜までに糸紡ぎや脱穀など、冬の前半の仕事を片付けておく
- 動物が人の言葉を話す、といった不思議なことが起こる夜とされる
- 長い夜を無事に越すため、夜通し起きて過ごし、早朝にごちそうを食べる
中でも、夜明け前に起きて食べるという習慣は、今の行列の朝の時間帯にも通じています。クリスマス前の断食に入る前の食事という意味づけで語られることもあります。ただし、こうした民俗と今の行事がどうつながるのかは、一本の線で説明できるものではありません。農村の恐ろしい夜と、白い衣の聖女は、もともと別の流れだったと考えるほうが無理がないでしょう。
宗教面でも興味深い点があります。スウェーデンは宗教改革でルター派の国になり、聖人を崇敬する習慣は公の信仰から外れました。それにもかかわらず、ルチアの日は暦の節目として、暮らしの中に残ります。聖人の祝日というより、冬の節目の民俗行事として生き続けたと言えます。同じように冬の暗い時期に灯りをともす行事は、世界各地にあります。ハヌカーの由来と過ごし方のように、信仰の背景はまったく違っても、灯りが中心になる点はよく似ています。
白い衣の行列はいつ生まれたか
今の行列のもとになる記録は、北方民族博物館の年表で追うことができます。はっきりした記録は18世紀の後半、貴族の屋敷での出来事です。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 1764年 | 西スウェーデンの屋敷ホルンスで、白い衣のルチアが朝に人々を訪ねたという最古の記録 |
| 1820年ごろ | 中部の屋敷スキンスカッテベリで、髪に灯りを付けた白い衣のルチアの記録。演じたのは農場の男性の使用人 |
| 19世紀半ば | 西スウェーデンから大学町や団体の催しへ広がる |
| 1890年代 | ストックホルムの野外博物館スカンセンで行事が始まる |
| 1920年代後半 | 新聞社のコンテストで「ルチア」を選び、電灯の冠で行進。各地の新聞が同様の催しを始める |
| 20世紀半ば | スウェーデン全土に定着し、周辺国へ広がる |
冠を載せた最初の人は男性だった
意外なのは、ろうそくを頭に付けたルチアとして記録に残る早い例が、農場で働く男性だったことです。当時の屋敷の催しは、奉公人が仮装して主人の家族を朝に訪ねる余興のような性格を持っていました。「若い女性が清らかに歩く」という今の形は、はじめからのものではありません。
白い衣そのものについて、博物館は別の流れも示しています。中世から続く「星の少年」の宗教劇では、歌う天使役が長い白い衣を着て、ときには翼を付け、コケモモの枝や金銀の紙の冠を載せました。ルチアの姿は、こうしたクリスマスの天使の姿と重なっていると考えられます。ドイツ語圏のクリスマスの白い衣の少女の姿との関係を指摘する説もあります。
新聞が全国行事にした
大きな転機は、ストックホルムの新聞社が開いたコンテストでした。読者の投票でルチアを選び、町を行列させる催しです。開始の年は1927年とする説明が多く見られますが、北方民族博物館の年表では、ストックホルム・ダーグブラード紙のコンテストを1928年としています。電灯を付けた冠で行進したことも話題になりました。
この企画は各地の新聞に広まり、学校や職場でも取り入れられました。忘れられかけていた地方の風習を、都市の新聞が国民的な行事に仕立てたわけです。古い祭りが自然に続いてきたというより、近代のメディアが形を整えて広めた行事と言ったほうが実態に近いでしょう。
同じような例はほかにもあります。クリスマスマーケットの歴史と楽しみ方や、19世紀以降に広まったアドベントカレンダーのように、「昔ながら」に見える冬の習慣の多くは、近代になって今の形に整ったものです。
行列の役と歌、見るときに知っておきたい言葉
行列は、先頭のルチアに続いて、役ごとの衣装の子どもや若者が並びます。学校の行事では役を分け合い、大人の合唱団では全員が白い衣で歌うこともあります。
| 役 | スウェーデン語 | 姿 |
|---|---|---|
| ルチア | Lucia | 白い衣に赤い帯、頭に灯りの冠 |
| 付き添いの少女 | tärnor | 白い衣、銀色の飾りを頭と腰に。手にろうそく |
| 星の少年 | stjärngossar | 白い衣、星を付けた円すいの帽子。手に星の棒 |
| 小人(トムテ) | tomtar | 赤い服と帽子。小さい子の役 |
| しょうがクッキーの人形 | pepparkaksgubbar | 茶色の服。小さい子の役 |
ルチアの赤い帯は、殉教の血を表すと説明されます。冠の緑の葉は、コケモモなどの枝をかたどったものです。今の学校や保育の場では、誰か一人を「ルチア」に選ぶことを避け、希望する子どもが誰でも演じられるようにする動きもあります。

歌の旋律はナポリから来た
行列の歌として知られる「サンタ・ルチア」の旋律は、19世紀のナポリの舟歌です。もとの歌はナポリの海辺の地区サンタ・ルチアから船に誘う内容で、聖人の物語を歌うものではありません。日本の音楽の教科書で親しまれてきた歌と同じ旋律です。
この旋律に北欧の言葉で別の歌詞が付けられ、スウェーデンでは暗い夜に光が来る様子を歌う形が広く歌われています。歌詞にはいくつかの版があります。ナポリの地名が、シチリアの聖人の行事で歌われるようになったのは、「サンタ・ルチア」という名前のつながりからで、歴史の上では小さな偶然です。
行列でよく歌われる曲には、クリスマスの歌やスウェーデンの賛美歌も含まれます。ノーベル賞週間の朝、ルチアの一行が受賞者を訪ねて歌う習慣もよく知られています。








