クリスマスの由来|12月25日になった理由、聖ニコラウスとサンタクロース、ツリーとリースの始まり
クリスマスは何を祝う日で、なぜ12月25日なのか。冬至のころの祭りとの関係、4世紀ローマの記録、聖ニコラウスがサンタクロースになるまでの道のり、もみの木のツリーやリース、ポインセチアの始まり、1月に祝う国の事情、日本での広まり方まで、由来を順にたどります。

12月になると、街にはツリーが立ち、赤い服のサンタクロースの絵があちこちに並びます。毎年当たり前のように迎える行事ですが、「なぜ12月25日なのか」「サンタクロースはどこから来たのか」と聞かれると、答えに詰まる人も多いのではないでしょうか。
クリスマスの習慣は、ひとつの場所で一度に作られたものではありません。キリスト教の祝日に、ヨーロッパの冬の祭りや各地の聖人の伝承が重なり、19世紀以降のアメリカやイギリスで今の姿に近づきました。ここでは、祝日の意味、日付の由来、サンタクロースとツリーの成り立ち、国ごとの違い、日本での広まり方を順にたどります。
クリスマスは何を祝う日か
「キリストのミサ」という言葉の意味
クリスマス(Christmas)は、英語の Christ(キリスト)と mass(ミサ)を合わせた言葉です。キリスト教でイエス・キリストの誕生を記念する祝日で、日本語では「降誕祭」とも呼ばれます。カトリック教会では「主の降誕」、教会によっては「聖誕祭」という言い方もあります。
ここで大事なのは、クリスマスは「誕生を記念する日」であって、「生まれた日を記録した日」ではないという点です。新約聖書のマタイによる福音書とルカによる福音書には、ベツレヘムでの誕生の場面が描かれていますが、何月何日だったかは書かれていません。日付はのちの教会が定めたものです。
英語で Xmas と書くことがありますが、この X はアルファベットのエックスではなく、ギリシャ語で「キリスト」を書くときの最初の文字(カイ)に由来します。キリストを省いた略し方というわけではありません。
イブは「前夜」ではなく「晩」
12月24日のクリスマスイブは、「前夜祭」と説明されることがあります。しかし、もともとの考え方は少し違います。ユダヤの暦や古い教会の数え方では、一日は日没から始まり、次の日没で終わると考えられていました。この数え方では、24日の日が沈んだ時点で、すでにクリスマス当日に入っています。
イブ(Eve)は evening(晩)と同じ語源を持つ言葉です。つまりクリスマスイブは「クリスマスの晩」という意味で、教会で24日の夜にミサや礼拝が行われるのもこのためです。同じ考え方は、10月31日のハロウィン(諸聖人の日の前の晩)にも見られます。こちらはハロウィンの由来|サウィン祭からかぼちゃのランタンまでで詳しく紹介しています。
12月25日になった理由
4世紀のローマで確かめられる日付
初期のキリスト教では、誕生よりも復活を記念する復活祭(イースター)のほうが大切にされていました。誕生日を祝う習慣は後から広まったもので、2〜3世紀の文書には、誕生の日付をめぐってさまざまな説が出ていたことが分かっています。
12月25日に降誕を記念していたことを示す記録は、4世紀前半のローマのものが早い例とされています。そこから各地の教会に少しずつ広がり、東方の教会でも、もともと1月6日にまとめて祝っていた行事の一部が12月25日へ移っていきました。
二つの有力な説
なぜ12月25日が選ばれたのかについては、はっきりした記録がなく、研究者のあいだでもおもに二つの説があります。
| 説 | 考え方 | 注意したい点 |
|---|---|---|
| 冬至の祭りと重ねた説 | ローマで冬至のころに祝われた太陽の祭りに重ね、「真の光」としてのキリストを祝った | 祭りの日付や規模には議論があり、「異教の祭りを乗っ取った」と単純には言えない |
| 計算から導いた説 | 受胎を告げられた日を3月25日と考え、そこから9か月後を誕生の日とした | 3月25日を重く見る考え方が当時どこまで共有されていたかに議論がある |
冬至のころは一年で最も昼が短く、ここから日が長くなっていきます。「闇の中に光が来る」という聖書の言葉とこの季節が結びつき、祝日の意味づけに役立ったことは確かです。ただ、どちらか一方だけが正しいと決めるより、いくつかの理由が重なって定着したと考えるほうが、現在の研究の見方に近いでしょう。

冬至の祭りと冬の習慣
ローマのサトゥルナリア
古代ローマには、12月中旬に農耕の神サトゥルヌスを祝うサトゥルナリアという祭りがありました。仕事を休んで宴を開き、贈り物を交わし、ふだんの身分の上下をゆるめる、にぎやかな祭りだったと伝えられています。冬の時期にごちそうを囲み、贈り物を交わすという雰囲気は、のちのクリスマスの過ごし方と重なる部分があります。
ただし、サトゥルナリアがそのままクリスマスになったわけではありません。キリスト教が広まった地域で、もともとあった冬の楽しみ方が、新しい祝日の中に形を変えて残ったと考えるのが自然です。
北ヨーロッパのユール
北欧やゲルマン系の地域には、真冬に「ユール」と呼ばれる祭りがありました。長い夜のさなかに火をたき、ごちそうを食べて、春の訪れを待つ行事です。今でも北欧の言葉では、クリスマスを「ユール」に近い言葉で呼びます。
大きな丸太を暖炉で燃やす「ユールログ」の習慣も、こうした冬の火の行事の流れをくむものです。フランスなどで食べられる薪の形のケーキ(ブッシュ・ド・ノエル)は、この丸太を菓子で表したものだといわれています。
常緑樹を家に飾る習慣も、冬でも緑を保つ木に生命力を見る考え方と関係があるとされます。日本の冬至にゆず湯に入り、かぼちゃを食べる習慣と並べてみると、「一年で最も暗い時期を、光や緑、栄養のあるもので乗り切る」という発想は、地域を越えて共通しているように見えます。日本の冬至の行事は冬至の過ごし方|ゆず湯とかぼちゃの由来にまとめています。









