世界の年越しと新年の習慣|大晦日の過ごし方、12粒のぶどう、春節やノウルーズまで
スペインの12粒のぶどう、スコットランドのホグマネイ、ブラジルの白い服、春節やノウルーズ。世界の年越しと新年の習慣を、暦の違い、大晦日の夜の過ごし方、縁起のよい食べ物、旧暦や春に迎える新年の順に整理し、日本の大晦日との共通点と家で取り入れるときの注意もまとめました。

日本の大晦日といえば、年越しそばを食べ、除夜の鐘を聞きながら新しい年を待つ、静かな夜を思い浮かべる人が多いかもしれません。ところが世界を見わたすと、真夜中にぶどうを急いで食べる国、皿を割る国、白い服で海に入る国など、年越しの夜の過ごし方は驚くほどさまざまです。そもそも、新年を1月1日に祝わない文化も少なくありません。
ここでは、まず「新年はいつ来るのか」という暦の違いを整理し、そのうえでヨーロッパや南北アメリカの大晦日の習慣、新年に食べる縁起物、旧暦で祝うアジアの新年、春や秋に迎える新年を順に紹介します。最後に、国は違っても共通して見えてくる考え方と、日本の大晦日との比べ方、家で取り入れるときの注意をまとめます。日本のお正月の飾りや料理については、お正月の行事と意味の記事で詳しく紹介しているので、あわせて読んでみてください。
新年はいつ来るのか
世界の年越しを知るうえで、最初に押さえておきたいのが「新年の日付は暦によって違う」ということです。
日常の暦と伝統の暦
いま世界の多くの国では、役所の手続きや仕事の予定に、グレゴリオ暦という太陽暦を使っています。この暦で年が変わるのが1月1日です。一方で、行事や祭りには昔から伝わる暦を使い続けている地域がたくさんあります。そのため、一つの国の中に「1月1日の新年」と「伝統の暦の新年」の二つがあることも珍しくありません。
伝統の暦には、大きく分けて三つの考え方があります。
- 太陽の動きをもとにする暦。季節とずれにくく、春分や秋分などを区切りにします。
- 月の満ち欠けをもとにする暦(太陰暦)。一年が太陽暦より約11日短いので、季節とは少しずつずれていきます。
- 月の満ち欠けを基本にしながら、ときどき「うるう月」を入れて季節に合わせる暦(太陰太陽暦)。東アジアの旧暦がこれにあたります。
月の満ち欠けの周期については、月の満ち欠けのしくみの記事で詳しく説明しています。
新年の時期を表で見る
主な新年を、時期と暦の種類で並べると次のようになります。日付は年によって変わるものが多いので、目安として見てください。
| 新年の名前 | 主な地域 | 時期の目安 | もとになる暦 |
|---|---|---|---|
| 1月1日の元日 | 世界の多くの国 | 1月1日 | グレゴリオ暦(太陽暦) |
| 春節・ソルラル・テト | 中国・韓国・ベトナムなど | 1月下旬〜2月中旬 | 旧暦(太陰太陽暦) |
| ノウルーズ | イラン、中央アジアなど | 3月20日ごろ(春分) | 太陽暦 |
| ソンクラーン | タイ | 4月中旬 | 伝統の太陽暦 |
| エンクタタシュ | エチオピア | 9月中旬 | エチオピアの暦 |
| ロシュ・ハシャナ | ユダヤ教の人々 | 9月〜10月ごろ | ユダヤ暦(太陰太陽暦) |
| ヒジュラ暦の新年 | イスラム教の人々 | 毎年約11日ずつ早まる | ヒジュラ暦(太陰暦) |

1月1日が年の始まりになるまで
いまでは当たり前に思える「1月1日の新年」も、昔から決まっていたわけではありません。
ローマの暦と門の神ヤヌス
1月1日を年の始まりとする考え方は、古代ローマにさかのぼります。古いローマの暦では、春の3月ごろを年の始まりとしていたと考えられています。その後、ローマの役人が1月に就任するようになり、紀元前46年にユリウス・カエサルが太陽暦(ユリウス暦)を取り入れたころには、1月1日が年の始まりとして定着していきました。
1月を表す英語の「January」は、ローマの神ヤヌスに由来するといわれます。ヤヌスは門や出入り口、物事の始まりを司る神で、前と後ろの二つの顔を持つ姿で表されました。過ぎた年を振り返り、来る年を見つめる神が一年の入り口に置かれたことになります。
ヨーロッパでもばらばらだった年の始まり
ローマ帝国が衰えたあと、中世のヨーロッパでは、地域によって年の始まりがばらばらでした。キリスト教の行事と結びつけて、12月25日のクリスマスや、3月25日の受胎告知の日を年の始まりとするところもありました。クリスマスの日付が決まった経緯は、クリスマスの由来の記事で紹介しています。
1582年にローマ教皇グレゴリウス13世がユリウス暦のずれを直した新しい暦を定め、これがグレゴリオ暦と呼ばれるようになりました。その後、各国が少しずつこの暦と1月1日の新年を取り入れていき、国によって切り替えの時期には大きな差がありました。
日本の改暦
日本では、明治時代の初めまで旧暦(太陰太陽暦)を使っていました。明治政府は明治5年に改暦を決め、その年の旧暦12月3日を、新しい暦の明治6年1月1日とすることになりました。急な切り替えだったため、明治5年の12月はわずか2日で終わったことになります。
このときから、日本のお正月は新しい暦の1月1日に祝うようになりました。一方で、中国や韓国、ベトナムでは、日常の暦を太陽暦にしたあとも、旧暦の新年を一年でいちばん大切な祝日として残しています。日本と近隣の国々でお正月の時期が違うのは、このためです。










