除夜の鐘と年越しそば|108回の意味、鐘の撞き方の作法、そばを食べる由来と地域の年越しの膳
大晦日の夜に聞く除夜の鐘と、年越しそばの由来をまとめました。108回の数の諸説、梵鐘のつくりと音のしくみ、お寺で鐘を撞くときの作法と準備、三十日そばから始まった年越しそばの言い伝え、年取り膳や年越しうどんなど地域の違い、家でそばを用意する段取りまで紹介します。

大晦日の夜、遠くから低い鐘の音が聞こえてきて、家ではそばをすする。日本の年越しのなかでも、除夜の鐘と年越しそばは、とくになじみの深い習慣です。毎年なんとなく続けていても、なぜ鐘は108回なのか、なぜそばなのかを聞かれると、答えに迷う人も多いのではないでしょうか。
ここでは、大晦日の夜を表す「除夜」という言葉から始めて、除夜の鐘が広まった流れ、108という数の諸説、梵鐘のつくりと音のしくみ、お寺で鐘を撞くときの作法と準備、年越しそばの由来と地域ごとの年越しの膳、家でそばを用意するときの段取りまでを順に紹介します。由来には諸説あるものが多いため、言い伝えは言い伝えとして、いくつかの見方を並べていきます。
「除夜」とはどんな夜か
除夜は、一年の最後の日である大晦日の夜のことです。「除」には古いものを取り除くという意味があり、旧年を除いて新しい年を迎える夜、という意味合いで使われてきました。「除日」という言葉もあり、これは大晦日そのものを指します。
大晦日の「晦日(みそか)」は、もともと月の最後の日を表す言葉です。旧暦では月の満ち欠けで一か月を数えていたため、月末は月が見えなくなるころにあたりました。「つごもり」という読み方も、月が隠れる「月隠り(つきごもり)」から来たと言われます。一年の最後の晦日なので「大晦日」「大つごもり」と呼ばれるようになりました。
年神様を迎える準備の締めくくり
日本の正月は、もともと新しい年の神様である年神様を家に迎える行事です。12月の中ごろからすす払いで家を清め、門松やしめ飾りを用意し、大晦日はその準備を終えて神様を待つ日にあたります。準備の始まりについてはすす払いと大掃除の由来で、正月の飾りやおせちの意味についてはお正月の行事と意味で詳しく紹介しています。
かつては、一日の境目を日没に置く考え方があり、大晦日の夜はすでに新しい年の始まりと考えられていたとも言われます。そのため、大晦日の夜に家族でごちそうを囲み、眠らずに年神様を待つ「年籠り(としごもり)」という過ごし方が各地にありました。「大晦日に早く寝ると白髪になる」「しわが増える」といった言い伝えが残る地域があるのも、この夜は起きて過ごすものだという感覚の名残と考えられます。
神社の「年越の大祓」
大晦日には、お寺の除夜の鐘だけでなく、神社で「年越の大祓(としこしのおおはらえ)」が行われることがあります。半年の間にたまった罪や穢れを祓う神事で、6月の終わりの「夏越の大祓」と対になっています。紙を人の形に切った人形(ひとがた)に名前などを書き、体をなでて息を吹きかけ、身代わりとして納める形が知られています。
お寺の鐘で煩悩を払い、神社で穢れを祓う。仏教と神道の行事が同じ夜に並んでいるのは、どちらも「古い年の汚れを落として、新しい年を清らかに迎える」という考え方でつながっているからです。

除夜の鐘の始まりと広まり
除夜の鐘は、大晦日の夜から元日にかけて、お寺の梵鐘(ぼんしょう)を撞く行事です。もとは中国の寺院で行われていた年末の習わしで、日本には鎌倉時代ごろ、禅宗とともに伝わったと言われています。禅宗の寺院では、朝夕に鐘を撞いて時を知らせる習慣があり、年の終わりにも特別に鐘を撞くようになったと考えられています。
ただ、当初からいまのように全国のお寺で行われていたわけではありません。江戸時代には大晦日に鐘を撞く寺院が増えていったと言われますが、全国的な年末の風物詩として定着したのは、近代になってからと考えられています。昭和の初めごろにラジオで除夜の鐘の音が中継されるようになり、家にいながら各地の鐘の音を聞けるようになったことが、広く親しまれるきっかけになったとも言われます。
時を告げる鐘と、祈りの鐘
お寺の鐘には、大きく分けて二つの役割がありました。一つは、時刻を知らせる役割です。時計が普及する前、寺の鐘は町の人々にとって時間の目安であり、江戸の町には時刻を知らせるための「時の鐘」がありました。
もう一つは、仏教の儀式の一部としての役割です。鐘の音には、聞く人の迷いを覚ます力があると考えられ、法要の始まりや終わりにも鳴らされます。除夜の鐘は、この祈りの鐘としての性格が強い行事です。一打ごとに煩悩を一つずつ払い、清らかな心で新年を迎える、という意味が込められています。
撞き始めと撞き終わりの時刻
撞き始める時刻はお寺ごとに違います。夜11時ごろから撞き始めて年をまたいで撞き続けるお寺が多いとされますが、もっと早い時刻に始めるお寺もあります。107回を旧年のうちに撞き、最後の1回を新年になってから撞くという形を取るお寺があることもよく知られています。
一方で、参拝者が順番に撞くお寺では、並んだ人が全員撞き終わるまで続けるため、108回を大きく超えることもあります。数を厳密に守ることよりも、多くの人と一緒に年を送ることを大切にする考え方です。どちらが正しいということではなく、お寺の考え方や地域の事情で形が違っていると理解しておくとよいでしょう。
108回の意味には諸説ある
除夜の鐘の数として知られる108は、もっともよく説明される「煩悩の数」のほかにも、いくつかの見方があります。どれも由来として語られてきたもので、どれか一つが正解と決まっているわけではありません。
| 説 | 108になる理由 | 考え方のポイント |
|---|---|---|
| 煩悩の数 | 人の心を乱す煩悩を108と数える | 一打ごとに煩悩を払う |
| 暦の数 | 12か月+二十四節気+七十二候=108 | 一年をまるごと送る |
| 四苦八苦 | 4×9+8×9=36+72=108 | 苦しみを払う語呂合わせ |
煩悩の数とする説
もっとも広く知られているのが、人間の煩悩の数が108あるという説です。煩悩は、欲や怒り、迷いなど、心を乱して苦しみの原因になるもののことです。108の数え方にもいくつかの説明があり、よく紹介されるのは、目・耳・鼻・舌・身・意という六つの感覚(六根)がそれぞれ感じる「好・悪・平(どちらでもない)」の三つ、さらにそれぞれに「浄・染(汚れ)」の二つがあり、それが過去・現在・未来の三つの時に関わる、というものです。6×3×2×3で108になります。
数珠の玉の数が108を基本にしていることも、この煩悩の数とつながっていると説明されます。もっとも、宗派や数珠の種類によって玉の数は違い、半分の54や、4分の1の27などの数珠もあります。
暦の数とする説
12か月、二十四節気、七十二候を足すと108になる、という説もあります。二十四節気は一年を24に分けた季節の区切りで、立春や夏至、冬至などがこれにあたります。七十二候は、二十四節気をさらに3つずつに分けた細かな季節の名前です。
この説で考えると、除夜の鐘は一年のすべての季節を一つずつ送り出す音、ということになります。一年を振り返る大晦日にふさわしい読み方として、よく紹介されます。
四苦八苦にかけた説
もう一つが、「四苦八苦」にかけた語呂合わせの説です。4×9と8×9を足すと36+72で108になります。仏教でいう四苦(生・老・病・死)と八苦は、人の苦しみをまとめた言葉で、そこから「苦しみをすべて払う」という意味を読み取るものです。
こちらは数字遊びに近い説明ですが、昔の人が数に意味を重ねて楽しんだ様子が伝わってきます。どの説を信じるかよりも、それぞれの説に込められた「古い年の重荷を下ろして、新しい年を迎えたい」という気持ちに目を向けると、鐘の音の聞こえ方も少し変わってくるかもしれません。










